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岡山地方裁判所津山支部 平成2年(ワ)62号 判決 1992年1月14日

原告

宮川清輝

被告

難波清三郎

主文

一  被告は、原告に対し、二五万三二三一円及びうち二二万三二三一円に対する昭和六〇年一〇月三一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二五分し、その二四を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、六四五万七四二六円及びうち五九五万七四二六円に対する昭和六〇年一〇月三一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

(一) 日時 昭和六〇年一〇月三一日午後八時三〇分頃

(二) 場所 岡山県真庭郡落合町赤野七番地先路上

(三) 加害車両 被告運転の普通貨物自動車(登録番号、岡四四や一三五五号)

(四) 被害車両 原告運転の普通貨物自動車(登録番号、岡四四み二一九六号)

(五) 態様 一時停止中の被害車両に加害車両が追突したもの(以下、「本件事故」という。)

(六) 受傷 本件事故により、原告は、頭部打撲、腰部打撲、頸部捻挫等の傷害を負つた。

2  責任原因

被告は、本件事故当時加害車両を所有してこれを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により原告の被つた後記3の損害を賠償する責任がある。

3  損害

(一) 治療経過

原告は、本件事故により前記のとおりの傷害を負い、その治療のため次のとおりの入・通院加療を余儀なくされた。

(1) 岸本整形外科

昭和六〇年一一月一日から同年一二月一八日まで入院(四八日)

同月一九日から昭和六一年一月三一日まで通院(四四日間のうち実通院日数三一日)

(2) 金田病院

昭和六一年二月一日から同年九月一一日まで通院(二二三日間のうち実通院日数一〇六日)

(二) 後遺障害

原告は、前記のとおりの治療を受けたが治癒するに至らず、いわゆる「むちうち損傷」の後遺障害を残したまま、昭和六一年九月一一日頃その症状が固定した。

右後遺障害は、自賠法施行令別表後遺障害別等級表(以下、「等級表」という。)の一四級一〇号に該当する。

(三) 治療費

原告の前記各病院での治療費は、合計九八万八六二四円である(岸本整形外科七一万六三八〇円、金田病院二六万九二二四円)。

(四) 入院雑費

原告は、前記入院期間(合計四八日間)中、少なくとも一日当たり一〇〇〇円の雑費を支出したから、入院雑費の総額は合計四万八〇〇〇円となる。

(計算式)

1,000×48=48,000

(五) 通院交通費

原告が前記通院のために支出した交通費は、一日当たり、岸本整形外科につき五〇〇円、金田病院につき二〇〇円であつたから、合計三万六七〇〇円となる。

(計算式)

500×31=15,500

200×106=21,200

15,500+21,200=36,700

(六) 休業損害

原告は、本件事故当時、住友生命保険相互会社の営業担当社員として勤務し、月額平均二五万円の収入を得るとともに、自ら焼き肉等の飲食販売を中心とするドライブインを経営していた。

原告は、右事故による傷害の治療のため、昭和六〇年一一月一日から昭和六一年七月三一日までの九か月間右会社の営業活動の業務ができなくなり、同会社から収入を得ることができなくなつたので、その間の右休業損害は二二五万円となる。

また、本件事故による休業は、右ドライブインの営業活動にも重大な支障を与えた。すなわち、原告は本件事故当時、肉市場から直接材料を仕入れ、調理、接客、送迎等の業務を行い、本件事故前三年間においては、右休業期間と同期間における損益計算上の収支は、年平均七四一二円の赤字に過ぎなかつたが、本件事故による休業のため、問屋からの仕入れを余儀なくされた(これによつて仕入代金の四〇ないし五〇パーセントが上昇した)うえ、送迎等の接客サービスの欠如によつて売上の減少も来し、右休業期間における収支は、九五万四〇七六円の著しい赤字となり、その差額である九四万六六六四円の損害を被つた。

なお、原告は以上の外に、田畑一・五ヘクタール、山林二〇ヘクタールを所有・管理し、農林業を営んでおり、本件事故による休業は、それによる収益にも多大な損害を与えているが、敢えて請求から除外する。

そうすると、原告の休業損害の合計は、三一九万六六六四円となる。

(計算式)

250,000×9=2,250,000

954,076-7,412=946,664

2,250,000+946,664=3,196,664

(七) 逸失利益

原告は、昭和六年一一月二三日生まれの健康な男子であつたところ、前記後遺障害のため、その症状固定時から少なくとも四年間、その労働能力の五パーセントを喪失した。

原告は、前記のとおり、会社収入として年間三〇〇万円の収入を得ていたので、右期間に喪失することになる逸失利益の合計は、六〇万円となる。

(計算式)

3,000,000×0.05×4=600,000

(八) 慰謝料

原告が本件事故によつて受けた肉体的・精神的苦痛を慰謝すべき慰謝料の額は、前記入・通院の期間、後遺障害の程度等を斟酌すれば、三〇〇万円が相当である。

(九) 弁護士費用

原告は、本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人らに委任し、その費用及び報酬として五〇万円を支払うことを約した。

4 損害の填補

本件事故による損害については、原告に対し、労災保険から一五〇万九五六二円(内訳 療養補償給付七四万六六〇二円、休業補償給付七六万二九六〇円)、その他から四〇万円の支払がなされている。

よつて、原告は被告に対し、右3の(三)ないし(九)の合計八三六万六九八八円から4の一九〇万九五六二円を控除した六四五万七四二六円及びこのうち弁護士費用を除く五九五万七四二六円に対する本件事故の日である昭和六〇年一〇月三一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1の(一)ないし(四)は認める。(五)の態様については争い、(六)の受傷については否認する。本件事故は軽微な衝突事故であり、この程度の衝撃で頸部捻挫等の傷害を負うはずがない。仮に受傷したとしても、極めて軽微なものに過ぎない。

2  同2の事実は認める。

3  同3の各事実は不知ないし争う。

原告が本件事故によつて受傷したとしても、前記のとおり極めて軽微なものに過ぎないから、長期にわたる加療の必要性はない。いわゆる頸椎捻挫の治療期間は、通常一、二カ月位であつて、三カ月も経過すれば症状も軽快するものであり、本件でも、せいぜい一、二カ月の加療で足り、それ以上の治療については本件事故との間に相当因果関係がない。原告の治療が長期化した原因として、頸椎の経年的変形等の原告の器質が要因となつているのであれば、その損害をすべて被告に負担させるのは公平に反するので、過失相殺の法理を援用して、相応の減額をすべきである。また、被告は従前の事故で頸椎捻挫の治療を受けていて、その残存障害が今回の長期治療に影響しているとも考えられるが、そうであれば、その影響度は五〇パーセント以上と考えられるので減額されるべきである。

休業損害については、そもそも原告は充分稼働可能であつたと思われるが、仮にそうでないとしても、ドライブインの経営は、もともと赤字決算であるから利益としての損害は発生しないし、生命保険の営業も、少なくとも通院中は充分可能と思われるので逓減的に認定すべきである。

4  同4の事実は認める。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件事故の発生について

請求原因1の(一)ないし(四)の事実については当事者間に争いがなく、甲第二ないし第一三号証及び甲第一五号証によれば、同(五)の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

二  責任原因について

請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。そうすると、被告は、自賠法三条により、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任があるというべきである。

三  受傷の有無、治療経過、後遺障害等について

1  受傷の有無について

前掲甲号各証及び甲第一四、第一六、第二〇及び第二三号証、証人岸本愛二の証言並びに原告本人尋問の結果によれば、被告は時速約三〇キロメートルで走行中、被害車両が停止したのを約九メートル前方に発見し、急制動したが及ばずこれに追突したこと、原告は本件事故当日には頸部の重だるさを感じる程度であつたが、翌一一月一日になつて著明な頸部痛を覚えたため、岸本整形外科医院に赴き、その旨を訴えて診察を受けたところ、頸椎捻挫傷により約二週間の加療を要するとの診断を受けたこと、初診時の他覚的所見として、頸部の運動痛、第四頸椎部に圧痛が認められ、レントゲン写真上も、第三ないし第四及び第四ないし第五頸椎間に伸展時の運動制限が認められた(なお、右のほか、頸椎に加齢現象と考えられる軽度の変形性脊椎症が認められた。)ことなどの事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、その程度はともかくとして、原告は、本件事故により頸部捻挫の傷害を負つたものと認めるのが相当である。なお、原告は、本件事故により頸部捻挫のほか頭部打撲及び腰部打撲の傷害を負つた旨主張するが、いずれも認めるに足りる証拠はない。

もつとも、甲第二四号証には、「本件事故における衝突速度は、加害車両及び被害車両の損傷状況から見れば、大きめに見積もつて時速約七・〇キロメートルであり、これによつて被害車両に生じた衝撃加速度は約一・〇五Gであるから、本件事故によつて原告の頸部への傷害は考えられない」旨の記載があり、これによれば、本件事故による原告の受傷を否定すべきかのごとくであるが、衝突速度を算出する前提となつた車両の損傷状況も証拠上必ずしも明らかとはいえず、また、前掲各証拠によれば、被害車両は加害車両に追突されて約二メートル前方に移動していることが認められること、甲第二六ないし第二九号証によれば、原告は、昭和五六年一一月二八日及び昭和五七年七月二四日に二度にわたつて追突事故に遭い、頸椎捻挫の傷害を負つたことが認められるところ、証人岸本愛二及び金田道弘の各証言によれば、関節周辺部の靱帯等の組織の損傷を伴う受傷があつた場合、それが完全に治癒していても、変形性脊椎症とも相俟つて外傷に対する抵抗力が衰えていると認められることなどをも併せ考えると、右甲第二四号証の記載のみによつて原告の受傷を否定し去ることは困難というほかなく、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

2  治療経過等

原告が本件事故により頸部捻挫の障害を負つたことは前記のとおりであるところ、甲第一六ないし第一九号証によれば、その後原告が、その主張のとおり入・通院して治療を受けたことが認められる。

そこで、これらの入・通院が本件事故による受傷の治療のためであつたか否かについて、検討することとする。

甲第一六ないし第二三号証、証人岸本愛二及び金田道弘の各証言並びに原告本人尋問の結果を総合すると、以下の事実を認めることができ、その認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  昭和六〇年一一月一日~同年一二月一八日(入院)

原告は、本件事故の翌日である昭和六〇年一一月一日、岸本整形外科医院で「頸椎捻挫傷」の診断を受け、同日から入院治療を受けることになつた。初診時には知覚異常はなく、けん反射も正常であつた。

同病院医師は、頸椎捻挫の場合、当初の急性期においては安静にすることが望ましいとの判断で入院を勧め、急性期の治療として主に湿布や軟性カラー固定を約一週間行つた。そして、一週間余の急性期を過ぎてからも、治療に専念させる意味で引き続き入院のうえで、電気治療、超音波治療(温熱治療)、牽引等の理学療法を施行し、同年一一月一九日からは運動療法も加味するなどして治療を継続したところ、原告は、右肩ないしは背部への放散性疼痛を訴えてはいたものの、変形性脊椎症以外の他覚的所見はほぼ消失、改善されてきたため、同医師は、そろそろ体を慣らした方がいいとの判断から通院治療に切り替えるよう指示し、訓練期間として若干の余裕を見た上で同年一二月一八日原告を退院させた。

なお、同医師は、右退院時において、原告の症状は同年一二月末ないし翌年一月中旬ころには特に問題とすべきほどの後遺障害を残さないで治癒するであろうとの見込みを有しており、また、就労の可否についても、退院後軽作業は可能だが、重労働は二週間程度は無理であるとの判断を有していた。

(二)  昭和六〇年一二月一九日~昭和六一年一月三一日

原告は、その後も頭痛や頸部痛を訴え、退院後の昭和六〇年一二月一九日から昭和六一年一月三一日まで車を運転して前記岸本整形外科へ通院し、運動療法等を続けた。

この間の原告の症状等については、昭和六一年一月一六日付診断書(昭和六〇年一二月三一日現在)には、「右頸部痛、過伸展時痛頑固に持続。治癒見込み昭和六一年二月」との記載があり、同年二月二四日付診断書(昭和六一年一月三一日現在)には、「頸部痛、伸展障害、圧痛あり。昭和六一年一月一日以降経過良好なるも頸部痛、肩部痛持続。後遺障害の有無未定」と記載され、治癒見込みについては記載されていない。

(三)  昭和六一年二月一日~同年五月三一日

原告は、昭和六一年二月から金田病院へ転医して治療を続けたが、その間原告は頭痛や頸部痛を訴えるほか、右肩の痛み、右手の痺れ感、足関節の痛みなども訴えるようになつたが、同年四月二八日ころには症状も落ち着いてきたので、同病院医師はそろそろ症状が固定したとの判断を示すとともに、原告においても、六月より就労しようとの意向を示したこともあつて、同年五月三一日をもつて治療を中止した。

なお、同年五月二七日付診断書には、「頭部・頸部痛を訴えて来院。内服・物療・注射等にて保存的に加療す。昭和六一年五月末治癒見込み。後遺障害の有無未定。」との記載がある。

(四)  昭和六一年六月一日~同年九月一一日

ところが、原告は、同年六月一四日に至つて再び金田病院を訪れ、頸部痛が続くのでリハビリをしたい旨訴えて通院治療を求めたため、同病院医師は、原告の意志を尊重し、リハビリとして頸椎等尺訓練(頭を押さえて首を廻す訓練)などを行うかたわら、湿布や投薬などを続け、同年九月一一日までほぼ同様の治療を行つたが、原告の訴えに目立つた変化は見られなかつた。

以上認定の事実によれば、原告は受傷の翌日から一カ月半を越す入院治療を受けるなど、万全の治療を受けたにもかかわらず、その後の通院期間も九カ月近くに及び、相当濃密な治療を受けているところ、乙第二〇号証によれば、右治療期間は原告の受傷内容と比較して相当長期化したことは否めないところである。

ところで、原告が本件事故前の交通事故により二度にわたつて頸部捻挫の傷害を受け、そのため外傷に対する頸部の抵抗力が衰えていたと考えられることは前記のとおりであるところ、甲第四〇号証、証人岸本愛二及び金田道弘の各証言によれば、そのことが原告の加齢現象(軽度な変形性脊椎症)とも相俟つて右長期化の一因となつたことは否定できないところである。

更に、交通事故による頸部捻挫の症状が長期間にわたつて存続するについては、被害者の心因的な要因が影響を与えている場合が多いことは一般に指摘されている(甲第三七号証にも、その旨の記載が見られる。)ところであり、右金田証言によれば、原告の心因的要因も右長期化の一因となつている可能性が認められるところ、乙第二〇号証によれば、症状の存続期間と治療に要する期間とは必ずしも一致しない(症状が存続していても、必ずしも治療が必要とされるものではない)ことが認められるものの、原告本人尋問の結果によれば、昭和六一年一月岸本整形医院通院中に示談の話しがあり、これが原告にとつて一方的なものであると映つたこと、その後調停と続き心理的なストレスが溜まつていたことなどの事実が認められ、右事実に、右認定の治療経過及びその間の原告の症状の推移に照らすと、こうした原告の不満やストレスが原告の症状を長期にわたつて存続させ、あるいは症状に対して過敏に反応させ、いささか過剰とも思われる治療に走らせたのではないかと考えざるを得ないのである。

これらの点からすれば、前記各入・通院は、原告の心因的な要因も無視できないとはいえ、いずれも本件事故による受傷の治療のためであつたと認めるのが相当である(但し、症状固定の時期については後記認定のとおりである。)。

3  症状固定の時期及び後遺障害の内容・程度

乙第一号証によれば、昭和六一年九月一一日をもつて原告の症状固定日とする旨を記載した金田道弘医師作成の診断書が存在することが認められるけれども、前記認定の事実(治療経過及び原告の症状の推移)によれば、原告の症状は同年五月下旬ころには落ち着いてきたことから、同医師自らそのころ症状が固定した旨の判断を示しており、同月末日には治療を中止しているところ、原告の訴えもあつてその後治療を再開したが、その内容はリハビリや対症療法が中心であり、症状にもほとんど変化はなく、治療効果が挙がつたことも窺えないのである。そして、証人金田道弘の証言によつても、右乙号証の記載は単に治療の最終日と一致させたものと考える余地が多分にあることにも照らすと、原告の症状は、遅くとも昭和六一年五月末日には固定したものと認めるのが相当である。

そこで、原告の後遺障害の有無及び内容・程度について検討するに、前掲乙第一号証には、原告の後遺障害の内容として、「主訴又は自覚症状」欄に、「寒冷時、雨、クーラー等により項部痛、右肩から右上肢にかけての疼痛あり。また、頭が重く、目がかすむ、集中力が乏しくなる」旨の記載があり、「他覚症状及び検査結果欄」に、「項部正中及び右側に圧痛がある」旨の記載があるが、金田病院の診療録(甲一九号証)の七月二日欄には、「首の自動的運動障害なし、反射は異常なし。仕事をしながら加療、所見としては十分労務できる」旨の記載があり、実際にも、原告は七月七日からは職務に復帰していることをも考え併せると、原告の労働能力を低減させるほどの後遺障害が残存したものと認めるに足りないというべきであり、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

四  損害費目及びその額

1  治療費 九三万一七五九円

甲第二〇号証及び乙第二号証によれば、原告の前記岸本整形外科における治療費が七一万六三八〇円、金田病院における治療費が二六万九二二四円であることが認められるところ、金田病院における治療費については、症状固定後の治療内容がリハビリや対症療法が中心であつたことは前記認定のとおりであるから、本件事故による受傷の治療に必要な治療費は、少なくとも同病院における治療費全体の八割を下らないものと認めるのが相当である。

そうすると、本件事故による受傷に必要な治療費の総額は、九三万一七五九円(円以下切り捨て)となる。

(計算式)

716,380+(269,224)×0.8=931,759

2  入院雑費 四万八〇〇〇円

前記のとおり、原告は四八日間入院し、経験則上、一日につき少なくとも一〇〇〇円の入院雑費を支出したものと認められるから、原告の入院雑費の合計は四八〇〇〇円となる。

3  通院交通費 四万八〇〇〇円

原告が自ら車を運転して通院したことは、前記のとおりであるが、そのために要したガソリン代等の実費については、これを認めるに足りる証拠はない。

4  休業損害 一二八万〇二七三円

乙第四及び第七号証の二、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は昭和六年一一月二三日生まれの男子で、本件事故当時、住友生命保険相互会社の営業担当社員として勤務して賃金を得ていたこと、右による原告の収入は、本件事故の前年である昭和五九年については、合計二九二万八五三五円(月額平均二四万四〇四四円)であつたが、本件事故前三カ月間(昭和六〇年七月一日から同年九月三〇日まで)については、合計三九万五五七七円(月額平均一三万一八五九円)に過ぎなかつたことが認められる(昭和六〇年一月から同年九月までに原告が得た賃金を確定する証拠はない。)ところ、原告の得ていた賃金は固定給ではなく変動が見られるから本件事故から一〇カ月以上前の前者をもつて、ただちに休業損害算定の基礎金額とすることは相当でないが、月額平均に大きな隔たりのある原因が必ずしも明らかでない本件において、事故前三カ月の後者をもつてこれに当てることも必ずしも妥当とは思われない。

また、乙第五、第六号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は右営業担当社員として勤務するかたわら、焼き肉等の飲食販売を中心とするドライブインを経営(原告の妻及びパート一名を雇用)していたことが認められるところ、原告は、本件事故による休業のため、もともと赤字経営であつたドライブインの経営が一層赤字になつたとしてその差額を損害と主張し、右乙号各証には、右主張に沿う記載も存するのであるが、右本人尋問の結果によれば、右乙号各証は、本件事故後同原告が有していた資料を税理士に提供して作成してもらつたものであり、それ自体直接右主張を裏付けるに足りるものではなく、これらがいかなる資料に基づいて記載され、あるいは確認されたものであるかは明らかでなく、その裏付けとなるような帳簿・伝票等の的確な証拠は存在しないばかりか、仮に原告の休業期間中に原告主張どおりの赤字の増大があつたとしても、その原因のすべてが原告の休業によるものかいなかについても必ずしも明確とはいえないのである。

もつとも、原告が右営業担当社員として相応の収入をあげていたことは右のとおりであり、また本件事故による休業のためドライブインの経営が一層悪化したであろうことも想像に難くないところ、原告の稼働状況(右のほか、農林業を営んでいたことも窺われる。)に照らし原告の労働を金銭的に評価するならば、少なくとも昭和六〇年度賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計五〇歳ないし五四歳の男子労働者の平均賃金五二一万五四〇〇円の二分の一に当たる二六〇万七七〇〇円(月額二一万七三〇八円)に相当する程度の労働をなしていたものと認めるのが相当である。

そして、前記認定の原告の症状及び職業等に照らせば、原告は本件事故による傷害の治療のため、入院期間中である四八日間については一〇〇パーセント、その後その症状が固定した昭和六一年五月三一日までの一六四日間については、通じて八〇パーセント程度の労働しかできない状態(休業)を余儀なくされたことが認められるので、その間の休業損害は一二八万〇二七三円(円以下切り捨て)となる。

(計算式)

2607,700÷365×48=342,930

2607,700÷365×164×0.8=937,343

342,930+937,343=1,280,273

5  慰謝料 七〇万円

本件事故の態様、原告の傷害の部位・程度、治療経過、後遺障害の内容・程度その他証拠上認められる諸般の事情を斟酌すれば、同原告が本件事故によつて受けた精神的・肉体的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料の額は七〇万円とするのが相当である。

五  損害発生に対する心因的要因の寄与

前記認定の本件事故と因果関係のある諸症状が発症するについて、原告の心因的要因が相当程度寄与していることは前記のとおりであるところ、このために生じた損害の拡大部分については、損害の公平な負担を旨とする民法七二二条(過失相殺)の規定を類推適用してこれを斟酌すべきである。

そして、前記事実関係からすれば、被告が賠償すべき損害額としては、前記四の各損害額から各三割を減じた額とするのが相当である。

六  損害の補填

請求原因4の事実については当事者間に争いがない。

そうすると、前記四の各損害額から各三割を減じた額から、更に右既払額を控除すべきであるが、労災保険給付の制度趣旨に鑑み、療養補償給付については右損害費目のうちの医療関係費(治療費及び入院雑費)から、休業補償給付については休業損害から控除すべきである(仮に過払いとなつても他の損害費目に充当計算すべきでない)から、原告の前記損害額から右補填分を差引くと、残損害額は、二二万三二三一円(円以下切り捨て)となる。

(計算式)

(931,759+48,000)×0.7-746,602<0

1,280,273×0.7-762,960=133,231

133,231+(700,000×0.7)-400,000=223,231

七  弁護士費用

本件事故の内容、審理経過、認容額等諸般の事情に照らすと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、三万円とするのが相当である。

八  結論

よつて、被告は、原告に対し、二五万三二三一円及び内弁護士費用を除く二二万三二三一円に対する本件事故発生の日である昭和六〇年一〇月三一日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田邊直樹)

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